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羽州街道交流会は東北のまちづくりを応援します。

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〒990-2441 山形県山形市南一番町1-23-403 えあーまりん内

羽州街道と宿場concept


宿場ルート

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  山形県天童市

【天童宿】
 天童市は羽州街道沿いの宿場町として栄え、(241.8m)の北で温泉が発見されてからは、観光・保養の地(天童温泉)として繁栄してきている。
 天童宿の入り口は一日町で文政12年(1829)の絵図では柵が巡らされている。南北朝時代の南朝方の北畠天童丸が城館を構えた舞鶴山の北目から山寺街道への道が分かれ、「右 若松道 左 湯殿山道」の道標碑がある。若松は花笠音頭に歌われる「めでためでたの若松様よ」ののことである。
 藩政期、天童は市が盛んだったところで、一日町や三日町、五日町などではひと月に12日は市がたった。若松寺や愛宕神社の祭礼日の市や馬市、生紅花市などで、近郷近在から多くの人が集まり、殷賑を極めたという。
 市内の中央部にそびえる舞鶴山は、全山が城山で主郭は山頂の愛宕神社の鎮座する平場である。舞鶴山一帯は市民の憩いの公園となっており、毎年4月には人間将棋が行われる。公園内の約2000本の桜と相まって山形の春を代表する観光イベントとなっている。周辺マップ (金山町・西田 徹)

建勲神社
舞鶴山には天童藩主であった織田信敏が先祖の織田信長を祀るため建立した

(たて)(いさお)神社(じんじゃ)

があります。












←旧東村山郡役所資料館

 旧東村山郡役所資料館や寺院があり、麓の旧街道は出羽桜酒造を中心とした落ち着いた家並みが連続し、出羽桜美術館、広重美術館、天童市美術館を訪ねてみるのも面白い。
 天童市は将棋駒が生産量日本一である。これは、江戸時代の天童織田藩による財政危機救済のため、藩士が内職として奨励されたことが天童駒の始まりと言われている。








←舞鶴山麓の旧街道の様子

山形県東根市

【六田宿】
 
←神町の松並木

 乱川を渡って、国道13号の万代大橋をくぐるとである。新町が神町村と改称されたのは天保10年(1839年)、御用林が広がるの西に松並木が続いていた。周辺マップ (金山町・西田 徹)













←与次郎稲荷と室町時代の建立と言われる石鳥居
 村山野川を渡り、並松で一本だけ残る相生の松(さくらんぼ東根駅前)を見ながら大林新田に進むと、最上三大石鳥居の与次郎稲荷に出会う。慶長年間に秋田佐竹候に仕えていた飛脚那珂与次郎が、六田宿で毒殺されたのを祀るため建立されたのが与次郎稲荷である。与次郎は、秋田と江戸を6日間で往復したとされ、白狐の化身と言われており、健脚の神として有名ランナーも参拝に訪れる。








←六田麩街道
 さらに進むと六田宿に着く。六田宿は、清流白水川の恩恵を受ける地に開かれた宿場町で、歴史は500年前にもさかのぼる。この地一体は昔から小麦の生産地で、小麦を使った麩作りが江戸時代から行われ、街道沿いに製麩所が続く「六田麩街道」として知られており、地場産品をも求めて訪ねる人も多い。

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